薪集めあれこれ

薪集めシーズン真っ盛りのため、今日も薪ネタで。

まず、グレンスフォシュ薪割り斧のカバーのホックが壊れて久しい。長い紐でグルグル巻いていたが、斧カバーの中に磁石が入っていて、カチャっと装着できる斧を見て考えた。

斧の柄の鉄部分に張り付くようにすればよいのだ。仕掛けは簡単。

穴の空いた磁石をテグスで止めているだけ。磁石代50円くらいでできたかな。

次は一輪車。ずっと借り物でやってきたが、アルミ製の一輪車を使わせてもらって、とても軽くてよかったので自分でも購入。

しかし、運ぶ薪がこぼれやすいため、こちらも一工夫。

ホームセンターなどで売っている金属製の簡易フェンスみたいなものをつけてみました。

うちの猫が子猫の頃にお部屋を作っていた残り物です。

これで安定して運べるかな。

ポイントは、脱着式なところ。マジックテープを使って固定している。

だから、現場への行き帰りトラックに載せるときには折りたたんで場所をとらないようにしている。

いろいろとアイディアを考えるだけでも薪集めは楽しい。

今は薪がいっぱいあって置き場に困ってきたので薪小屋を増設中。こちらも、あれこれ考えているのも楽しみの一つかな。

2013年3月の薪状況

2000年から薪ストーブを焚き始めて、今年で13シーズンを過ごしてきたが、毎年どのくらいの薪を使っているのか・・・今ひとつ把握していない。

マメで正しい薪焚き人なら当然把握しているのだろう。少しは見習っていこうということで、記録してみようと思う。

まず、今シーズンは寒さが厳しく、12月~1月の薪消費は多かったと思う。春まで薪が持つのかちょっと心配になったくらい。しかし、今年は春の到来が早く、春先の薪消費は随分と少ないと思う。

そんな状況での、残った薪棚の様子だ。

ひと月分くらいは残ったか。高さ1800、幅が3900で、1列積みの薪棚が丸々いっぱい残っている。

さらに、薪集めの情報が豊富で、すでに来シーズン用の薪がかなり集まっている。高さ1800、幅が2200で、4列積みの薪棚がほぼいっぱいになった。

ここで薪棚に関するコツを一つ。薪棚は2列までが良い。薪は風で乾燥させるので、4列もあると中心部分の通気性が悪くて乾燥しづらいのだ。

これで、3ヶ月分くらいか・・・。今シーズンはこの薪棚の薪を11月から1月で空にしたと思う。

ということで来シーズンの薪は、すでに合計4ヶ月分あるわけだ。さらに、戴ける薪の量が1シーズン分以上ありそうなので、置き場所を確保すれば、翌々シーズンの薪まで集められそうだ。

13シーズンを過ごして、今が一番の薪大臣だ。それもこれも、良い薪ストーブ仲間に恵まれたからだと思う。恋ヶ窪のエックス山、緑の森博物館などは、JWS(日本薪ストーブユーザー会)や、埼玉森林サポータークラブの仲間だ。

さらに、地元の知り合いからもちょくちょく薪情報が入るし、うちの会社のお客様から薪情報を頂くこともある。

皆さんに感謝です。

4ヶ月ぶりの更新は近況など

昨年末は、三日間寝込んで「暗黒の3日間」を個人的に体験。その時、ここまでの人生を振り返り完全に落ち込んだ。そして未来に悲観して生きているのが嫌になった。まさに、一度死んだも同然だった。

その後、13年という始まりの年を迎えても、なかなか立ち直れず、2月に入ってから徐々に立ち直ってきた。

まず取り掛かったのが、歯の詰め物の金属を外してプラスチックに変えていった。これは、長年のアレルギーの原因として、金属アレルギーが疑われるから。結婚指輪をしていないのは、金属に反応して付けていられないから。そんな金属を口の中に入れていると、ちょっとずつ解け出してアレルギーの原因になる可能性が高いのだ。

通常、非金属だとセラミックが使われるが、1本5万とか10万もする。それじゃ、いくらかかるかわからないので、近所の歯医者さんに相談して、保険のきくプラスチックにしてもらった。プラスチックは脆いので、1年もたないかもしれないが、その度に歯医者に行ってもいいつもりだ。

その成果は体内の金属が抜けていくのに半年位はかかってくるので、それからだな。

次に、自宅の吹き抜け部分を自力で改装して一部屋増築。電気工事までやって、シーリングファンの位置もストーブ上に移動。吹き抜け用の電球も1階のペンライトに変更。2階和室から吹き抜けに向かって壁をぶち抜いた。吹き抜けには妻用の備え付けベットを作ってカーテンをしたので、どこかのご令嬢が寝る部屋となった。この一連の工事は、材料とペンライト代すべてで4万ちょっと。大変評判もよく上出来だった。薪ストーブの暖房効率も格段にアップしたし、なんだか仕事の幅が広がったというか、なんでもやれば出来るもんだなと感じた。

そして次に仕事。会社設立から9期を終え、10年目に突入。これを期に思い切って大手企業の下請けの仕事をやめていった。これは自由に暮らしたくて自営業をやっているのに、不自由なくらいに縛られるのがいやになったから。時間的にもそうだが、精神的に嫌になったということか。経済的には厳しくなるのは覚悟の上。

そして、運良くシステム開発の仕事が入ったので、そちらを一生懸命にやってみた。それは、15年以上も付き合いのあるお客さんが使っている、以前務めていた会社の上司と作ったシステムを、シンガポールへ持っていって売ろうという話。

そのデモ版が完成して、その会社の社長に見せたところ、気に入っていただいたようで、いっしょにシンガポールへ行ってパートナーの現地法人への説明をして欲しいとのこと。

ということで、人生初の海外行きが決定。来月4月23日から26日まで行ってきます。現在、パスポート申請中。大きなビジネスになるのか、ただの海外旅行で終わるのかは誰にもわからない。でも、今回の仕事はまったくの手探り状態から進めて、それが形になって、一定の評価を得て、と次へ次へとつながっているので、緊張感と共に醍醐味がある。一種の綱渡りだったけど、今のところ賭けに勝っているなと思う。今後も続くようにがんばる。

今後の予定としては、薪運搬用の軽トラックを改造する予定。仕事で知り合った発明家の社長に鉄工を教わって、自分でパーツをつくりリフトアップするのだ。インチアップ用のタイヤのホイールも確保済。楽しみだ。薪集めも順調で、来年の薪の確保は確実な状態。時間が足りない・・・。

さらに、その社長の紹介で、10年ぶりにソフトボールチームに入った。早速来月から大会に出してもらえる。子供の頃は野球ばっかりしていた野球小僧。ソフトボールがやれることでこんなに嬉しい気持ちになるとは思わなかった。大好きなんだなと改めて認識。

そして、別の人から地元の杉・桧ばかりの人工の山を、昔の自然の山に戻そうという活動にも誘われている。これは数年か数十年先への仕事だが、やりがいのある仕事だ。もちろん、いずれはビジネスとして成立させなければ長続きしないので、難しさもあるがとてもワクワクする。なにより、その話をしてくれる人が好きなんだなと思う。話を聞いているだけも嬉しくなるのだ。薪集めの仲間と居ても楽しいし、山の仕事で生活できたらすばらしいな。

そんな感じで、一度は死んだように落ち込んだが、徐々に人生が開けてきた。これは、個人的にだけ起こっている事象ではなく、地球レベルでの再生が始まったという証。

もちろん、そんなこととは感じないという人もいるだろうが、それは一人ひとりのレベルの違いであって、感じるか感じないか、早いか遅いかか違うだけのこと。そして、感じるからとか早くきてるから偉いとか上だとかいう話でも無い。ただ、一人ひとりすべて違うというだけの事。

みんなが同じ方向に向かわされていた時代がおわり、一人ひとりがまったく別の方向を向いて、それぞれが自分の人生を生きても良い時代に変わっていくということ。

これからの時代は、過去の常識ほど邪魔なものはない。一見非常識ともとれる若い子たちこそ良いお手本だ。それに気づいた大人たちから変わっていけばいい。もう、船は出港してしまった。後戻りもできないし、別の行き先を選んだ人とは自然に離れていくだけだ。自分の行き先を目指してワクワクすること、楽しいと思うことをやろう。

自分の人生を謳歌すること。それが自分の周りに対してやれることのすべてなのだ。それでいいのだ。

最後に、軽自動車でもこれだけ走るという証拠。ダイハツ・ムーブが14年3ヶ月で25万キロ達成。

2013年3月10日に撮影。まだまだ走るよ。